親が親なら、子も子、というように親子は長所も短所もよく似ます。一方、親に
全く似ない子もいます。これは生物学的には隔世遺伝と言われます。わかりやすい例では血液型のO型ですね。A型同士、B型同士の両親からO型の子が生まれるのはO型が劣性遺伝で、隠れ遺伝子が発現したものです
。
日本絵画史上最大の画派といえば狩野派であるが、その芸術的天分が隔世遺伝によって
受け継がれてきたと言われています。一人天才が現れて家が大いに栄えるが、その子は凡才で、家が傾く。そして孫にまた天才が出現し、家を復興する、というリズムがあったらしい。
景気にも好況と不況の波があるように、連続して天才が現れるというバブリーな現象は起こってはならないのかも知れません。
野球のバッティングでは-タメをつくる-ということを言います。下半身を軸に球を引きつけて待つ。こうすることで打球が伸びる。
狩野派でいうと凡才の代はタメをつくりながら、最高の力を発現できる時代を待つということなのかもしれません。ローマは1日にしてならずです。
― 子は生むも心までは生まぬ-
というように親と子は違う時代と環境に違う使命を持って生れてくるので子供の心が親に似ないのはやむを得ないのでしょうか。
―父母に仮に呼ばれて客に来てまたたちかえるもとのふるさと-(詠人不詳)
わたしの好きな歌です。
子は自分たちの所へ来てくれたお客さんであるというくらい、
客観的にまた感謝をもって見守っていくべきなのかもしれません。
なかなか子育てもたいへんです。
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